大名行列は、大名が参勤交代などの公用で江戸と領地の間を往来する際に、家臣や道具持ちを引き連れて整えた行列である。もとは合戦時の行軍に準じた軍事的な移動形態であったが、江戸時代に太平の世が続くと、大名の権威と格式を示す大規模で華美なものへと変化した。

参勤交代は寛永12年(1635年)、3代将軍徳川家光による武家諸法度の改訂で制度化された。当初は外様大名のみが対象であったが、寛永19年(1642年)には譜代大名にも拡大され、以後約200年にわたり幕藩体制を支える制度となった。

享保6年(1721年)、幕府は石高に応じて大名行列の人数を定め、10万石の大名の場合は騎馬武士10騎、足軽80人、中間140〜150人程度とされた。もっとも諸藩は体面を保つためこれを超える人数を伴うことが多く、102万石の加賀藩では最盛期に4000人規模の行列となり、藩財政を圧迫した。