織田信長は天文3年(1534年)、尾張国(現在の愛知県)に織田信秀の嫡男として生まれた。天文21年(1552年)に父が死去すると家督を継ぎ、尾張の統一を進めた。永禄3年(1560年)、尾張へ侵攻した今川義元を桶狭間の戦いで討ち取り、その名を広く知られるようになった。

永禄11年(1568年)、信長は足利義昭を奉じて上洛し、義昭を室町幕府第15代将軍に就任させて京都の支配権を握った。元亀2年(1571年)には敵対した比叡山延暦寺を焼き討ちにし、天正3年(1575年)の長篠の戦いでは徳川軍と連合して武田軍に圧勝した。天正4年(1576年)からは安土城の築城を進め、天下統一への拠点とした。

天正10年(1582年)6月2日、上洛の途中に宿泊していた京都の本能寺で家臣・明智光秀の謀反を受け、信長は自害した。天下統一を目前にしたこの死は本能寺の変と呼ばれる。